未来へつなぐ~スタッフゆかりんの遺志~


「あはははっ♪」

とってつけたような、明るくて大きな笑い声。

ゆかりんが笑うとそれだけで、その場が明るくなりました。

その彼女が2月6日、37歳で逝ってしまいました。

小学校3年生のすみれを残して…。

 

2015年、札幌に初めての「こども食堂」を立ち上げよう

としていた時、農家さんの協力を得ようとフェイスブックに投稿した記事に

彼女から入ったコメント。

「うちに野菜があるよ」

農家のお嬢さんだったゆかりんは、すぐに反応をしてくれました。

数年前から知り合いだった彼女に直接会い、

「こども食堂を立ち上げたいから、力になってほしい」

と言うと、彼女は二つ返事で引き受けてくれました。

「実家の農家で廃棄される野菜をみて、農家さんのためにも

何とかしたいと思ってたんだよね」

 

そして、シングルマザーだった彼女は

「すみれはしっかりしてるけど、本来なら味わわなくていい思いを

させたから、しっかりならざるおえなかったんだよね」

それが彼女がつねに言っていた言葉です。

 

親が抱える不安、表にださない子どもの寂しさ…。

彼女は自分と同じ想いを味わっている人たちに<にじ食>の

活動を知ってほしいと思っていました。

 

にじ食を立ち上げる前から友人だった彼女。

知り合った時、彼女は<乳がん>を患っていました。

 

そんな彼女と付き合ってきて4年。

彼女の涙を見たのは2回だけでした。

 

<にじ食>に来る前に病院でがんの転移を告知された日に

遅くまで事務局で彼女と愛娘と私の3人で語った時。

 

先月、自宅に会いに行った時、全ての治療をやめ、目も見えずらくなり、

痛みと吐き気と向き合っていた時。

 

なんども彼女の前で泣いてしまう私に彼女は

「かおりちゃんの涙は大好き」

と言って笑ってくれました。

 

本当に強い女性でした。

 

今、思い出す言葉は

「すみれがね。すごく頑張るの。私が

『ママ、頑張るからね。絶対良くなるからね』

って言うから、自分も頑張れば、私が良くなるのかもしれないって。

だから頑張るのやめたよ」

と言って、全ての治療をやめて自宅ですみれと共に過ごすことを

選んだ彼女。

 

彼女と共に過ごした時間は私達スタッフの心の中に生き続けます。

彼女の子ども達への想いは私達にじ食スタッフが継いでいきます。

 

どんな環境下にいようと子ども達、親たちが肩の力を抜き、自分らしく

居られる場所を守り続けようと思っています。

 

私達の子どもでもある彼女の大切なすみれを見守り続けます。

 

彼女とすみれが考えてくれた

NPO法人<子どもの未来・にじ色プレイス>

愛称(にじしょく)

全ての子ども達や親たちににじの様に様々な輝きを放つ未来が開けている。

 

この団体で今春から活動を続けれるように尽力します。

 

ゆかりん、あなたの遺志は必ずにじ食スタッフとサポーターの皆さんで

継いでいくからね。

 

様々な感情、痛みから解放された今、ゆっくり眠ってね。

 

お詫び:お問い合わせ等の返信が遅くなっています。申し訳ありません。

安田